環境省レッドリスト掲載地下生菌(スナタマゴタケ、ハハシマアコウショウロ、シンジュタケ)の再探索と分布の現状について

Article info

折原 貴道・保坂 健太郎・山本 航平・大前 宗之・畠山 颯太・糟谷 大河 (2020) Truffology 3(1): 17–27
Submitted: 14 February 2020
Accepted: 16 March 2020
Published: 31 March 2020

Download Full Text

Share

要旨

昭和初期に記載された地下生菌稀産種のうち、 環境省レッドリストにおいて絶滅 (EX) にランクされているスナタマゴタケ Chlorophyllum agaricoides およびハハシマアコウショウロ Circulocolumella hahashimensis は、 1930 年代の初報告以後、 再発見例がなく、 その実体は現在まで十分に認識されていない。 また、 同レッドリストにおいて絶滅危惧 I 類 (CR+EN) とされているシンジュタケ Boninogaster phalloides は、 タイプ産地である小笠原諸島で多産することが近年明らかになりつつあるが、 実際の国内分布については解明されていない。 本研究では、 野外での子実体探索調査ならびにハーバリウム標本調査を実施し、 得られた標本や文献情報に基づき、 これら絶滅種および希少種の実体および現在の発生状況の解明を試みた。 ハーバリウム調査の結果、 長年所在が不明であったスナタマゴタケの唯一の国産標本が再発見されたが、 発生地における複数年にわたる野外調査では、 本種の新たな発生は確認されなかった。 ハハシマアコウショウロについては、 タ イプ産地付近 (小笠原諸島母島) で採集されたヨツデタケの若い菌蕾が、 ハハシアアコウショウロの記載、 タイプ標本および写真資料と形態的に矛盾がないことから、 本種は小笠原諸島に多産するヨツデタケの菌蕾を誤記載したものであると形態学的に結論づけた。 また、 小笠原諸島産シンジュタケと、 本州から採集され 「マッチャガスター」 の仮称で呼ばれていた菌を形態的および分子的に比較検討した結果、 これらは同一であり、 シンジュタケはこれまで考えられていたように小笠原諸島固有種ではなく、 本州にも比較的広範に分布していることが明らかになった。 以上の結果から、 ハハシマアコウショウロとシンジュタケについては、 今後レッドリストにおける掲載ランクの見直しも検討する必要があると考えられる。

引用文献

  1. Dring D.M. (ed. Dennis R.W.G.) (1980) Contributions towards a rational arrangement of the Clathraceae. Kew Bulletin 35: 1–96.
  2. Gardes M., Bruns T.D. (1993) ITS primers with enhanced specificity for basidiomycetes: application to the identification of mycorrhizae and rusts. Molecular Ecology 2: 113–118.
  3. Ge Z.-W., Yang T.-L. (2006) The genus Chlorophyllum (Basidiomycetes) in China. Mycotaxon 96: 181–191.
  4. Hosaka K. (2014) Phylogenetic analyses of a truffle-like genus, Boninogaster, from Hahajima Island, the Bonin Islands, Japan. Bulletin of the National Museum of Nature and Science. Series B, Botany 40: 61–67.
  5. 保坂健太郎 . (2018) 小笠原諸島および周辺地域に分布するきのこ類 (担子菌門ハラタケ亜門) の分布情報 . 国立科博専報 (52): 17–37.
  6. Hosaka K., Kasuya T., Orihara T., Nam K.-O. (2015) Endangered or not – a case study on a presumably threatened species of truffle-like fungus from the oceanic islands in Japan. Abstracts of Asian Mycological Congress 2015 (AMC 2015), Goa University, p. 103.
  7. Hosaka K., Kobayashi T., Castellano M.A., Orihara T. (2018) The status of voucher specimens of mushroom species thought to be extinct from Japan. Bulletin of the National Museum of Nature and Science. Series B, Botany 44: 53–66.
  8. Imai S. (1936) Symbolae ad floram mycologicam Asiae Orientalis I. The Botanical Magazine, Tokyo 50: 216–224.
  9. Imai S. (1957) Symbolae ad floram mycologicam Asiae Orientalis III. Science Reports of the Yokohama National University. Section II, Biological and Geological Sciences 6: 1–6.
  10. 伊藤誠哉 (1959) 日本菌類誌 第二巻 担子菌類 第五号 マツタケ目・ フクキン (腹菌) 目. 養賢堂,東京.
  11. Ito S., Imai S. (1937) Fungi of the Bonin Islands I. Transactions of the Sapporo Natural History Society 15: 1–12.
  12. 環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進室 (編). (2015) レッ ドデータブック 2014―日本の絶滅のおそれの ある野生生物―9 植 物 II (蘚苔類 ・ 藻類 ・ 地衣類 ・ 菌類). ぎょうせい, 東京. 580 pp.
  13. 環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進室 (編). (2019) 環 境省レッドリスト 2019. http://www.env.go.jp/press/106383.html (2019 年 12 月~ 2020 年 1 月にアクセス).
  14. Kobayasi Y. (1937) Fungi Austro-Japoniae et Micronesiae. I. The Botanical Magazine 51: 749–758.
  15. 小林義雄 (1938) 大日本植物誌 2 ヒメノガスター亜目及スツポンタケ 亜目. 三省堂, 東京.
  16. Kretzer A.M., Bruns T.D. (1999) Use of atp6 in fungal phylogenetics; an example from the Boletales. Molecular Phylogenetics and Evolution 13: 483–492.
  17. Mayr, E. (1942) Systematics and the origin of species. Columbia University Press, New York.
  18. Montecchi A., Sarasini M. (2000) Funghi ipogei d’Europa. A.M.B. Fondazione Centro Studi Micologici, Trento.
  19. 大前宗之 (2017) 2016 年に採集した地下生菌. Truffology 1: 22–24.
  20. 折原貴道 (2018) 日本地下生菌研究会の設立、 および日本地下生 研究会会報 “Truffology” 発刊を記念して—日本の地下生菌研究 のこれまでとこれから—. Truffology 1: 2–4.
  21. 折原貴道 (2019) 昭和期に記載された稀産シクエストレート菌の実体 解明と保全対策の再検討. IFO Research Communications 33: 193.
  22. Orihara T., Smith M.E., Shimomura N., Iwase K., Maekawa N. (2012) Diversity and systematics of the sequestrate genus Octaviania in Japan: two new subgenera and eleven new species. Persoonia 28: 85–112.
  23. Orihara T., Lebel T., Ge Z.W., Smith M.E., Maekawa N. (2016) Evolutionary history of the sequestrate genus Rossbeevera (Boletaceae) reveals a new genus Turmalinea and highlights the utility of ITS minisatellite-like insertions for molecular identification. Persoonia 37: 173–198.
  24. 佐野修治 (2019) 2018 年に採集した、 京都府および奈良県産地下 生菌 . Truffology 2: 20–22.
  25. 佐々木廣海 ・ 木下晃彦 ・ 奈良一秀 (2016) 地下生菌識別図鑑. 誠 文堂新光社,東京.
  26. 竹橋誠司 ・ 星野保 ・ 糟谷大河 (2012) 石狩砂丘と砂浜のきのこ. NPO 法人 北方菌類フォーラム, 北海道.
  27. 栃木県 (2018) レッドデータブックとちぎ 2018. 随想舎, 栃木 .
  28. Vilgalys R., Hester M. (1990) Rapid genetic identification and mapping of enzymatically amplified ribosomal DNA from several Cryptococcus species. Journal of Bacteriology 172: 4238–4246.
  29. White T.J., Bruns T., Lee S., Taylor J. (1990) Amplification and direct sequencing of fungal ribosomal RNA genes for phylogenetics. In: Innis M.A., Gelfand D.H., Sninsky J.J., White T.J. (eds), PCR Protocols: a guide to methods and applications. Academic Press, USA, pp. 315–322.
  30. 𠮷見昭一 (親族 編) (2008) 地下生菌図版集 ミクロの世界へ第一歩. 𠮷見一子, 京都.